都・道・府・県は何が違う?東京都・北海道・大阪府・京都府だけ名前が違う理由

日本には47の都道府県があり、その内訳は1都・1道・2府・43県となっています。

ほとんどが「県」である中で、なぜ東京都だけが「都」、北海道だけが「道」、大阪府と京都府だけが「府」と呼ばれているのでしょうか。

結論から言うと、この違いは法律上の上下関係ではなく、それぞれが現在の形になるまでの「歴史的経緯」によるものです。
ただし、東京都だけは「23の特別区」を抱えているため、制度上の違いが存在します。

今回は、それぞれの名称の由来と、制度上の違いを分かりやすく解説します。

原則:都・道・府・県に「上下関係」はない

現在の制度(地方自治法)において、都道府県はすべて「普通地方公共団体」という同じ区分の自治体です。

国立国会図書館の解説でも「府と県の差は名称の違いであり、本質的な権限に差はない」とされており、「府や都だから県より偉い」ということは一切ありません。

都道府県と市区町村のあいだにも上下関係はなく、担当する範囲が違うだけです(都道府県と市区町村は何が違うのか)。
では、なぜ呼び方が4種類に分かれているのでしょうか。
その答えは明治時代の歴史にあります。

なぜ名前が違う?それぞれの由来と歴史

「府」は昔9つもあった(大阪府・京都府)

現在「府」がつくのは大阪と京都の2つだけですが、明治元年(1868年)のスタート時点では全国に9つの「府」が存在していました。
当時の政府が直接治める重要拠点(旧幕府直轄地など)に「府」と名付けたためです。

明治元年の府いまのどこか備考
江戸府東京都のちに東京府、1943年に東京都
京都府京都府いまも府
大阪府大阪府いまも府
度会府三重県伊勢神宮のある地域
甲斐府山梨県—
越後府新潟県—
長崎府長崎県—
神奈川府神奈川県—
奈良府奈良県—
レファレンス協同データベース(国立国会図書館)の事例「大阪や京都は何故「府」なのか。」をもとに作成。

度会(わたらい)、甲斐(かい)、越後(えちご)まで「府」だったというのは、いまの地図からは想像しにくいところです。

その後の廃藩置県や統合を経て、最終的に「東京府・京都府・大阪府」の3府に絞られ、東京が「都」へ移行したことで現在の2府が残りました。

大阪と京都が「大阪県」「京都県」にならなかった理由は単純で、変える機会がなかったからです。
「府」という名前に、いま特別な行政上の意味があるわけではありません。

「府」は特別に格が高い呼び名として作られたというより、政府が直接おさめる場所に付けた名前でした。だから最初は9つもありました。

「道」は廃藩置県より前からあった(北海道)

北海道の「道」は、1869年(明治2年)8月15日に命名されたもので、1871年の廃藩置県よりも前の出来事です。

北海道立文書館によると、探検家の松浦武四郎が政府に出した意見書には、日高見・北加伊・海北・海島・東北・千島という6つの案がありました。
このうち「北加伊」が採られ、「加伊」が「海」に変えられて「北海道」になったとされています。

古くから日本にあった「東海道」「南海道」などの広域区分にならって名付けられたもので、特別な行政権限があるからではなく、歴史的な地域名がそのまま行政区画名として残った形です。

なお、北海道にも県が置かれていた時期があります。
1882年に開拓使が廃止されたあと、札幌県・函館県・根室県の3県ができました。
この話は日本にはなぜ47都道府県あるのかで書いています。

「都」になったのは昭和になってから(東京都)

東京も元々は「東京府」であり、その中に「東京市」が存在していました(現在の県と市と同じ関係)。

太平洋戦争中の1943年(昭和18年)7月1日、首都の行政を一元化して効率化することを目的に、東京府と東京市を廃止して誕生したのが「東京都」です。

以来、「都」が付く都道府県は東京都だけです。
47という数のほうは1888年から変わっていません。

都・道・府・県の成り立ちまとめ

区分数主な由来・成り立ち誕生時期のイメージ
都11943年、戦時下の首都行政一本化により東京府と東京市が合体して誕生一番新しい(昭和18年)
道11869年、古代の広域区分(東海道など)にならって「蝦夷地」から改称一番古い(明治2年)
府2明治元年に置かれた9つの直轄地(府)のうち、統合を経て残った2つ明治初期からの名称
県43廃藩置県により「藩」を置き換えたもの。数が多かったため大半を占める明治初期の再編で決定
本文中の出典をもとに作成。

「都」がいちばん新しく、「道」がいちばん古いという順番になります。
名前の格の順ではなく、決まった時期の順です。

「東京都」だけが持つ制度上の大きな違い

名称の違いは基本的に歴史的名残ですが、東京都だけは制度面・お金の仕組みでも他の都道府県と大きく異なります。
その理由は、都の中に23の「特別区」が存在するためです。

普通の「区」と「特別区」の違い

区分該当するエリア特徴首長・議会
行政区横浜市、大阪市、名古屋市などの区市の内部組織(行政処理のための窓口)区長は職員(選挙なし)
特別区東京都の23区(千代田区、新宿区など)独立した基礎的自治体(市町村と同格)区長・区議会を選挙で選ぶ
地方自治法と東京都「都政のしくみ」をもとに作成。

特別区は独立した自治体ですが、消防や上下水道、一部の税金管理など「本来は市がやるべき仕事」の一部を東京都がまとめて管理・運用しています。
大都市としての一体性を保つため、都と23区の間で仕事とお金を調整する特殊な仕組み(都区財政調整制度)が導入されています。

行政区を持つ政令指定都市のほうは逆向きで、県の仕事の一部を市が引き受けます(政令指定都市とは?)。
同じ「大都市のしくみ」でも、東京都と政令指定都市では仕事の寄せ方が反対です。

ちなみに、その消防の持ちものを47都道府県で比べたのが消防車が多いのはどの県かの記事です。

年表で見る都道府県の歴史

年できごと都道府県の構成
1868年(明治元年)旧幕府直轄地に「府」を設置9府
1869年(明治2年)蝦夷地を「北海道」と改称(8月15日)北海道誕生
1871年(明治4年)廃藩置県の断行3府302県 → 整理後 3府72県
1888年(明治21年)府県の数がほぼ現在のかたちに固定3府43県+北海道
1943年(昭和18年)東京都制の施行(東京府と東京市が合併、7月1日)1都2府43県+北海道
本文中の出典をもとに作成。

現在の「1都1道2府43県」は、日本の近代化と首都機能の再編という歴史的プロセスの結果として完成したものです。

よくある疑問(FAQ)

なぜ「県」がこんなに多いのですか?

江戸時代の「藩」をそのまま置き換えたからです。

廃藩置県が行われた際、全国に多数あった「藩」がそのまま「県」に移行しました。
初期には300以上の県が存在し、それを統合・整理した結果、現在の43県になりました。
府は政府が直接おさめる場所に付けた名前で、はじめから数が限られていました。

大阪府が「大阪都」になることはありますか?

過去に「大阪都構想」として議論されましたが、実現していません。

単に名前を変えるだけでなく、大阪市を廃止して特別区を設置し、東京都と同じように府と区の間で仕事とお金を分担し直すという大改革が必要になるためです。

北海道に県ができる可能性はありますか?

この記事の資料からは分かりません。

過去には札幌県・函館県・根室県の3県が置かれ、4年ほどで廃止されました。
広さを理由に分けるという考え方は当時もありましたが、いまのところ北海道は1つのままです。

英語ではどう表現しますか?

一般的にはすべて「Prefecture」と訳されます。

東京都は「Tokyo Prefecture(または Tokyo Metropolis)」、大阪府は「Osaka Prefecture」となります。
なお、北海道は「Hokkaido」単体で表記されることが一般的です。
日本語で「北海道県」と言わないのと同じ理由です。

都道府県の順番は、何で決まっているのですか?

総務省が定めている全国地方公共団体コードの順です。

統計や名簿では、北海道からはじまって沖縄県で終わる順番がよく使われます。
おおまかに北東から南西へたどる並びで、あいうえお順でも人口順でもありません。

まとめ

  • 都・道・府・県に上下関係はなく、すべて対等な自治体
  • 「府」は明治元年に置かれた9つの直轄地がルーツ(江戸・京都・大阪・度会・甲斐・越後・長崎・神奈川・奈良のうち大阪・京都が残留)
  • 「道」は廃藩置県より前(1869年8月15日)に命名された歴史的名残。松浦武四郎の「北加伊道」がもと
  • 「都」は戦時下(1943年7月1日)に首都の行政を一本化するために誕生
  • 東京都だけは「23特別区」があるため、制度やお金の仕組みが異なる

ふだん何気なく目にしている都道府県の名称には、明治維新から続く日本のダイナミックな歴史が刻まれています。

出典

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

関連記事 Relation Entry